書画文化と書画芸術の特徴及び創造性       王俊宇瀟

 芸術の世界では、最終的に完成した作品を世に披露し発表する事が一般的常識である。藝術家が創作の過程では色々と苦悩苦労が有るから、それを他人に見られたくないと言うのは人情だし、何より、真剣に創作している最中に他人に見せる余裕もないし、又独自の技法や素材道具を駆使するならば尚更秘密にしたいところである、そもそも、作品制作過程は芸術家独自の世界で有り、第三者が踏み入れるべき域ではないし、他人と共有する時空でもないと私は考える。*パフーマンスそのものが作品としている現代芸術の分野ではやや違うかもしれないけれども、しかし、此の場合、パフーマンスそのものが芸術作品の完結であり、パフーマンスの構想を練ったりリハーサルをしたり制作過程ではやはり藝術家達独自の世界だと考えます。

 藝術の一分野として書画の世界でも、当然ながら作品の善し悪しが藝術家の評価に繋がる最も重要な基準に違いがない。しかし、書画は作品発表という芸術分野に共通する手段を持ちながら、大勢の前で揮毫する席画というスタイルも屡々行われる。つまり他人の目の前で創作過程を披露する行為になります、しかし此の場合は「作品」そのものよりも、創作過程という「行為」が大切であり注目の的になる。「行為」が「作品」よりも優先される席画のスタイルは、書画芸術の見地から見ると些か不思議で疑問が生じる。
 先日、日本で活動されている藝術家の集まりが有り、飲み食いが一巡したところ、例の席画が賑やかに行われ、観客を楽しませ会場の雰囲気を盛り上げた。
 考えてみれば、中国絵画特に文人水墨画の発達につれ、書画は単なる芸術の域を越え、書画文化として藝術家以外の人々も楽しめるようになり、書画は芸術現象であると同時に、一種の文化現象として広がっていた。そんな中で、書画作品を鑑賞評価のほか、書画の制作過程も楽しみの対象になり、書画を通じての交流交遊も文化現象として盛んに行われた。

 一言席画と言っても、観客を相手とする席画は、大抵事前想定した上で、揮毫する人は密かに幾度も練習や試し書きをし、或は熟練な得意題材や得意パタンを披露する、こういった席画は厳密的には芸術創作と看做すのは無理であろう、しかし、その場に居る方々を楽しませてくれる文化的「活動」と見れば、書画世界の別の一面を見せるが出来る。
 一方、宴会の場面等で前触れも無く芸術家同士による交流揮毫、或は芸術家同士による「合作」も、正しく文化人の遊びであり文化としての書画を楽しむ方法の一つである。

 いずれにせよ、席画の場合、「作品」よりも「行為」が第一義的になった以上、優秀な「作品」を求めるのは贅沢過ぎる願望だと割り切って認識しなければならない。

 話しが少々ズレるが、大勢の前書いた書画は、たまには素晴らしい作品を誕生させる事もある。あの伝説的な名作、王羲之の『蘭亭叙』は蘭亭雅趣集の際、宴会の場で酒の勢で一気に書かれた作品である。後日酔い醒した後、幾度書き直しても最初の作品には及ばないと伝えられている。しかし、よくよく考えてみると、王羲之は『蘭亭叙』を書く事は目的で有り、『書く行為』を見せるためではない、ここは一般的な席画との根本的な違いである。


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