少し早めの、午年の年賀状、、、   王俊宇瀟

 来年は甲午年ですが、本来はその年の旧正月(春節)から始まるだが、2014年度の春節は1月31日である。  しかし、今の日本では元旦を迎えるとその年の干支も変わるとみなしているのは一般的になっている。  そういう訳で、明日から午の年賀状が届くようになっている。  教室の生徒さんの為、馬の年賀状を練習した: …
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素材で考える篆刻と書画の違い    王俊宇瀟

 諸事情により中々ブログを綴る出来ない状況の中、焦っているうちに、年末を迎え、そして此のブログサイトもとうとう四年目に突入した。  さて、長い間を開けてしまったが、前回と多少関連する事を書いてみる事に、、、  というのは、個人的に水墨画を専念すると同時に、篆刻も好きで時々印譜を眺めて楽しんでいる。  天才的と言われるあ…
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書画印の話し「10年画、20年書、一生の印」…   王俊宇瀟

 以前,友人の篆刻家陳茗屋先生(西泠印社社員)から聞いた話がによると、昔から、『画は十年、書は二十年、篆刻は一生、、、』という言い伝えがある。    誠に興味深い話しである。  普通に考えれば、漢字が出来る人なら、とにかく少しきれいな字を書く程度なら、そんなに苦労を要するものではないし、そもそも文字の形を覚えていれば…
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水墨画の筆墨を再び考える     王俊宇瀟

 水墨画の要とも云える筆墨に関して、すでにいろいろと自分なりに記述して来た、例えば墨色(墨)に対する感受性が普遍的に見られる一方、線(筆)に対する理解は漢字文化の象徴である「書」の経験も求められ(*1)、文人社会の歴史や影響から考えると、「墨」よりも「筆」の方は文化的な特徴や意味合いが大きいと思われる。その延長線で見ると、中国の水墨画は…
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水墨画のご縁__華山で出会った張大千先生の題字  王俊宇瀟

 中国には“五岳”と云われる五つの名山が有り、それらは:東岳泰山、北岳恒山、中岳嵩山、南岳衡山、そして西岳は“華山”である。今月初め頃、その華山を登って来た。  西安から東約120キロ辺りに位置する華山は、五岳の中では最も奇抜且つ険しい事で有名である。石段の傾斜は時に90度近くあり、崖壁に設置されている鎖を掴まえながら,足を滑らぬ…
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花見と水墨画__枝先と根幹を考える      王俊宇瀟

 いよいよ、花見シーズン、大木の下で大勢が集まり爛漫に咲き乱れる桜の花に囲まれ楽しく飲むのは、この時期に日本ならではの風物詩であろう。  「桜」と一事を言っても、沢山の種類がある。又、種類は同じでも幹や枝振りの姿や花の咲き具合などが様々で実に千変万化である。そして幹や枝振りの風格と花の形や色など全て素晴らしいものは名木と言われます…
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文人画的な作品評価基準を考える     王俊宇瀟

 中国美術史に於いては、宋元以降水墨画の隆盛を機に文人画が遂に画壇の主流へと独走して行く。逆から考えれば文人画が主流に成りつつあるから水墨画が大きく発達したと言う事も出来る。いずれにしても、私の知る限り、美術史の主役が美術を専門とする芸術家から一般意味の文化人に代わる現象は世界的で見ても稀である。  文人画は、線の見方だの筆墨の使…
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「お寿司」と「水墨画」番外編      王俊宇瀟

 前回からの続きという関係で、「お寿司」をタイトルとしたが、実際、先日の対決番組で、握りと巻物の他、「お造り」という項目が有った、つまり生魚切り身の盛り合わせである。  ここでも、洋の巨匠はオリーブオイルや様々な調味料香辛料を駆使して新しいスタイルの「お造り」に挑戦した。それを見ると、以前白身魚の刺身を甜麺醤につけて食す経験があり…
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お「寿司」と「水墨画」     王俊宇瀟

 今日は、たまたまテレビでお寿司の対決番組を見ました。遠いヨーロッパの地で日本食の寿司に革新の旋風を巻き起こしたスペイン料理人に、本場日本の老舗久兵衛の巨匠が現地に乗り込んで和食職人の魂を掛けて挑む大変興味深い戦いでした。  お寿司という日本食が今や世界中で普及されている、そこにはヘルシーなど現代人のニィーズにマッチしている様々な…
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謹賀新年      王俊宇瀟

 明けましておめでとうございます!    およそ四ヶ月ぶりのブログ再開。  秋の俊恵会書画展、国際水墨芸術大展、雲南省麗江シャングリラ取材など、目まぐるしいスケージュルのなか、時があっという間に流れ去り、改めて時間の速さを痛感し、限られた人生を如何に有意義に過ごす事の大切さも再認識させられた。  なんだか、新年早々深刻な話し、、…
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『中国山水画の20世紀』展について  王俊宇瀟

 先日、東京国立博物館で開かれている『中国山水画の20世紀』展を拝見して来た、錚々たる巨匠ばかりの作品は、流石に見応えたっぷりだった。  画家が社会の一員として生きる以上、当然世の中の変動や思潮に影響され、或は自らの作品を以て世間の審美習慣を変えようともする。特に社会状況が激動の時代には画家達も刺激されやすく、時の流行りに流され、…
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筆と墨によく人物デッサン   王俊宇瀟

 毎月数回の裸婦デッサンには、6分間の着衣ポーズがある。    衣服に隠された見えない体のラインやひねりを直に描けない訳ですから、はっきり見えて素直に描けば良い裸より難しく感じる。    しかし、衣服を引いたり蹴ったりする動きを、運筆の速度と強弱抑揚、或は墨の掠れ、或は水墨画得意な余白(切れるような線)で表現を試した。  …
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2012王俊宇瀟水墨藝術温州展無事終了

 皆様のおかげさまで、温州の個展が無事終了した。  複数の作品が温州博物館、温州書画院に収蔵された。     また、この度、温州医学院の客員教授に就任する事となった。   ●個展に関する中国メディアの報道は『王俊宇瀟水墨藝術の世界』サイトにアップした。
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『水墨画』私見     王俊宇瀟

 絵画としての水墨画は、当然ながら絵画一般に共通する要素を講じなければならない事が言うまでもない、しかし、「水墨画」と称する以上、水墨画ならではの特徴と精神を深く探求しなければ、ただの「絵画」になり兼ねないと常々危惧している。故、墨と紙や布等の共演による滲み掠れの可能性と味わいを研究しその可能性を最大限に引き出しそして生かす事も、或長年…
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セザンヌと「水墨画」   王俊宇瀟

 昨日放送のNHK「日曜美術館」番組でセザンヌが紹介された。バタバタしながらとびとび見ていると、気になる処が二、三有った。  一つは「林檎」の作品、その作品は七つの視点(角度)から対象物の林檎と林檎を入れる籠そして背景としての壷など観察し、一つの画面を構成した、と言う。  もう一つは人物の作品で所々キャンバスの地色を見せている(地を…
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日本山岳と水墨画

 一ヶ月も前の2月25、26日、デッサーン会の友人達と南アルプスへスケッチ旅行に出掛けた、目当ての山は甲斐駒ケ岳である。  私は、25年も日本に居ながらしかも山水画を描くのに、日本の山を余り知らない。鋭い稜線を見せる日本のアルプスは写真を通じて知って憬れていたが、現地に行って自らの目で観察する機会を得たのは今回初めてである。  …
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文化現象としての「水墨画」及び芸術創造としての「水墨画」   王俊宇瀟

 中国の水墨画は、宋元以降明清に至って、文人画的な傾向が益々鮮明になったというのは一般的に共通認識と言えよう。とは言っても、文人画そのものに対する定義は意外と曖昧で大雑把である。  無論、文人画作品の作家が文人でなければならない事は言うまでもない。しかし、文人或は教養ある文化人が描いた作品は全て文人画と定義するのは些か短絡と言わざ…
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