水墨画で理念的な作品を試み   王俊宇瀟

 水墨画においては、思想や雑念等を排除する純粋な様式美を主張する小生だが、何の魔が差したのか、チョッピリ理念的な作品を試みにした、無論、形式主義的な純粋美に対する思いは今まで通りである。言い方を換えれば、堅苦しい観念的な部分と理屈を排除した様式美が一つの作品で調和させる実験でもある。    来週金曜日から品川のO美術館で始まる小生の…
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伝統水墨画制作過程の啓示   王俊宇瀟

 宋時代の記録によれば、水墨画を描くのに、イメージを湧かせるため、シミだらけで凸凹(デコボコ)の壊れかけた壁に作品用の絹を掛け、透けて見えたシミや凹凸(オウトツ)を観察し想像力を膨らませ、そのシミと凹凸が山水になり樹木なり、或は人物や家屋にもなり、そのイメージに沿って作品を創るという。  何というロマンティックな創作方法だろう、、…
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素材の極限に挑戦する水墨画の『技』  王俊宇瀟

 水墨画の素材は独特である、特に作品の土台である紙や絹等は個性的で癖ものが多い。    例えば吸水力が大変強い生の画仙紙、吸水力の良さから墨の滲みや発色の素晴らしさは他の追随を許さない。その一方、吸水力が強いから筆を引っ張る癖も併せ持つ、その結果として軽やかで掠れる線を出すのは困難である、また墨の滲み味が良い反面、シャープで鋭い線の…
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水墨画の技法とそこに宿る精神   王俊宇瀟

 この頃制作やお稽古と個展の準備に追われ、なかなかこのブログまで手が回らない、あまりにもご無沙汰になり、熱心にご覧になって下さる方には大変申し訳ない気持ちだが、思いついたことを忘れないうちに書き留めておくことはこのブログの役目だから、忙しくなると中々考えを整理出来ない、皆さんも、気長く小生と一緒に楽しんで頂ければ嬉しい。  今日は、水…
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古代蓮のロマンと水墨画   王俊宇瀟

 ここ数年、古代蓮をモデルにした作品が多い、故、毎年夏が始まる度、千葉公園にある古代蓮を尋ねていた。今年は個展を控えている為、多忙で蓮との約束を果たせなくなって仕舞うと断念した矢先に、先週の木曜日、久しぶりの曇り天気を狙って、年に一度の蓮見をして来た。  年に一度だからこそ、この機会を逃がしたくない。年に一度の蓮見をしないと、何となく…
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水墨画の現状とその不思議   王俊宇瀟

 水墨画の歴史は、唐の王維から始まり、宋元で最盛期を迎える、そして明清になって文人画が隆盛し今日に至ったという流れが通説だと思うが、つまり今日の水墨画は文人画と直結しその土台の上にたっていると理解しても過言ではないであろう。  実際、水墨画の現状を見ても、“文人画風”の作品が未だに目に溢れ、水墨画は文人画の代名詞の様に一般の方々がイメ…
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水墨画と胡蝶蘭     王俊宇瀟

 家の胡蝶蘭が今年3度目咲きました、花が立派だけではなく、並び方も至って自然で格好よい。  そもそもこの胡蝶蘭は約3年前に、俊恵会20周年書画展の時会員の皆さんから頂いた贈り物である。大変立派な花も時が去れば次第に散り、花の精が風に乗って空中へと飛び立ち、花弁という肉体も水や土に帰り、新たの生命誕生の始まりである。  葉だけ寂し…
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水墨画作品/構図の均衡と奇抜さ   王俊宇瀟

 自然を観察していると、山水も木々も花も皆素晴らしい均衡をとれている事が判る。  その上、自然は美しい!  その美しく均衡な自然をモデルとする具象水墨画は、題材をそのまま写し取る作品が多いのも、自然があまりにも素晴らしいからと察する。  しかし、いくら自然を巧く写し取っても、創造性が欠けたら、藝術作品としての醍醐味が見出せ…
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水墨画とホームページ    王俊宇瀟

 伝統的な藝術様式の水墨画も、インターネットの力を借りなければ行けない時代になって来た。  この事をどう捉えるかは人それぞれですが、確かに、新しいメディアの嵐が吹き荒れた結果、水墨画を含めて紙や筆による伝統表現の様式が危うくに見える。しかし、新旧メディアや様式が対立する両極に位置するという考えは必ずしも妥当とは言えない。伝統文化も、新…
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水墨画と「情報公開」・動画サイト開設     王俊宇瀟

 今は情報の時代、テレビや新聞といった伝統メディアの他、何といってもインターネットの普及が人々の視野を広げ、利便性をもたらした。  一方、ネットの広がりはあらゆる分野に発信する場を提供出来る様になり、無限な可能性を生み出す。その反面、如何に魅力の有る良い情報を発信出来るかという試練を乗り越える新たな課題もある。  藝術の一分野として…
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水墨画「筆墨」の表現に日中の相違   王俊宇瀟

 水墨画は言うまでもない、筆と墨による表現の藝術である。  筆に墨をつけて描く訳だから、墨が無ければ筆だけでは成り立たないし、当然筆が無ければ墨だけでも作品を描けない、筆と墨が一つになって、やっと水墨画の表現が可能になる。    しかし、筆墨の表現はお互いに依存し合いながら、全く別の範疇になる。こんなことを頭に入れながら、中日両国…
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水墨画の常識と画風   王俊宇瀟

 引き続き、また伊藤若冲の話になりますが、画仙紙(宣紙)の滲みを利用した作品が有る、所謂「筋目描き」の作品群である。  画仙紙というのは、一筆を描いたら、その筆跡の周辺に淡墨や水が滲み出し、筆による「ムラ」が出来る癖が有り、筆数を重ねて行くと、その都度「ムラ」が現れ、実に厄介、扱いにくい。  こんなことは、水墨画をやっている人間…
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水墨画の「パタン化」   王俊宇瀟

 伊藤若冲や加山又造など日本画作品に見られる様に、意図的に「パタン」を駆使して画面のリズムや動感を表現する方法が有る。装飾性を特徴とする日本画ならではの手法だと小生が考える。    ところで、中国水墨画でも、特に山水画の領分では、「パタン化」は随所見られる。  周知の様に、山水画の技法は水墨画の中でも最も種類が多く、ややこしい。樹…
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水墨画、画面の「変化」に対する考え方   王俊宇瀟

 先月末から上海へ里帰りし、このブログを気にしていながらも、日にちが流水の如きあっという間に去ってしまった、、、時が我を待たずというものを痛感する!  ところで、上海に行く前夜、日本のテレビで伊藤若冲を特番で紹介していたのを見た、若沖はある作品でデザイン化された鶏の頭をほぼ同じ形で繰り返して画面の複数箇所に配置し、この繰り返しによ…
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水墨画、「墨韻」の魔力   王俊宇瀟

 清らかな水を含んだ筆の穂先に、サッと濃墨をつけ、雪の様な白い画仙紙に筆を降ろす。すると、極黒の濃墨から無に近い淡墨まで豊な階調が現れ、更に画仙紙に吸収されながら生きている様に流れて広がり、所謂「墨韻」が誕生する。画家が独自の経験を基にした墨水の量の調整と運筆のコントロールに加え、水と墨、そして紙による自然な共演による偶然な趣、二度と同…
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水墨画家の愚痴と高尚な孤独   王俊宇瀟

 水墨画家の集まりではよく芸術論や水墨画の現状と未来に議論を交わす事が多い、大変有意義な行いで参考になる事や啓発を受ける事も屡々である。    時々愚痴もこぼされる。  例えばこんな話、画壇主流の有名な展覧会などには水墨画という分野を設けてない、そうすると水墨画作品、更に言うと水墨画家に門が閉ざされる。或は美大に水墨画の学部や専攻…
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水墨画に対する固定観念及びその打破 王俊宇瀟

 私が教えている生徒さん達の支部展や個展などに足を運んでくれた観客からよくこんな言葉を頂いた:「こんな水墨画は初めて」、或は「想像していた水墨画と全然違う」、、、  なるほど、要するに、観に来られる方は「水墨画展」と知って、実際の展示作品を観る前にすでに「水墨画」に対するイメージが出来てしまったという事が判る。水墨画に対する固定観念が…
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水墨画、運筆の速さ     王俊宇瀟

 大分前の事だが、小生の制作実演を見た方がこう言った:「水墨画って、あまり時間がかからなく直ぐ仕上げるのね」と、、、また、展覧会場では、作品の制作時間は何れぐらいかかるかもよく聞かれた記憶がある。  確かに、今現在は水墨画と言うと、写意の作品が最も多く、当然制作時間もそれほどかからなくなった。しかし、実際に一枚の作品にかかる時間が…
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水墨画を楽しむ     王俊宇瀟

 昨日、孔子の故郷のお酒が届いた。送り主はこのブログのお酒の話を見たから送ってくれたかな~と想像してしまう。  今はこの山東省の白酒(焼酎)を手にしながら、孔子の言葉を思い出す『知之者、不如好之者。好之者、不如楽之者』。(「之を知る者は、之を好む者に如かず。之を好む者は、之を楽しむ者に如かず。」)知っているだけの人より、好きになった人…
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