テーマ:絵画

小谷津雅美先生を偲ぶ   王俊宇瀟

 先日,私の日本画の恩師、日本美術院同人の小谷津雅美先生が逝去された。告別式で先生の安らかなお顔を拝見しながら、改めて先生の無私な教えに感謝し、両手を合わした。  24年前、来日したばかりの私は、知人の紹介で当時院展特待の小谷津先生に出会い,荻窪の先生の日本画教室に運良く入会の許しを得た。私の当初の目標は日本画の素材と技法を水墨画…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

謝赫“六法”を読む      王俊宇瀟

 謝赫の『古画品録』が発表した時代には、まだ水墨画という分野が誕生していない、しかし序文で書かれた“六法”は後の絵画史、無論水墨画の画家達にも計り知れない程重大な影響を残した。  “六法”に関しては、長い間、この様に解読されている:一.気韻生動、二.骨法用筆、三.応物象形、四.随類賦彩、五.経営位置、六.伝移模写。  今日になっ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

白黒表現による効果と其の意味合い    王俊宇瀟

 カラフルな現実存在に対し、水墨画の表現は白黒の世界である。この意味から言うと、水墨画は現実とは全く別天地であり、存在に対する創造である。  実は絵画に限らず、白黒表現は映画の場合でもよく使われる手法である。カラーで展開している現在時点のストーリに対し、異次元のシンー、例えば昔の出来事や夢に出て来る場面などでは、しばしば白黒で表す…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

水墨画の“蔵”     王俊宇瀟

 “蔵”は、つまり隠すことである。その逆は“露”、つまり見せることを指す。  作品の中、全て見せてしまうと、見えている物しかなくなり、それ以上に想像したりする事も出来ず、作品の奥行きが欠ける様な気がする。だから、時には、全部見せるよりも、一部分を隠してしまう方がより効果的になる場合がある。  TK素描会で月に何度か裸婦のデッサン…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

水墨画の“腹八分”     王俊宇瀟

 食事は、お腹を満杯に食べるよりも、腹八分まで食べた方が健康に良いとされる、今時では、常識になっている。  要するに、日常的通常な活動をする体を維持するには、腹八分は丁度良いである。それでも、人間は腹満杯に食べたがる。理由一は美味しい物の誘惑に負け、口舌を楽しませてやりたい欲望がある。理由二は腹満杯に食さないと体を維持する栄養が不足に…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

水墨画の散点透視     王俊宇瀟

 ルネーサンス以降、西洋絵画に於いては焦点透視と言う極めて科学的方法が確立され、この透視法を以て作品を構成するのが鉄則とも言えるべきではなかろうか。  この鉄則を打ち破って、西洋絵画史に強烈な新風を吹き込み、人々に衝撃を与えたのはピカソをはじめとするキュビズムである。今まで一つ固定した視点から対象物を描写して来たが、キュビズムの作品は…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

”写真みたい”、“本物みたい”は褒め言葉ですか?   王俊宇瀟

 絵画展の会場で、時々耳にする言葉がある:“写真みたいに綺麗……”と、、、  当然,発言している人は褒めたつもりで言っている事と理解するのが妥当であろう。  ところで、我々は、褒める為物事を比較する場合、大概格上のもの、レベルの高いものを用いる、例えば美しい女性を讃えるには“仙女見たい”と言う。裏返して見れば、いくら美しくでも、…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

水墨画、白黒之理由     王俊宇瀟

 水墨画に対して、広い解釈と狭い解釈がある。    広い解釈は、墨さえ使っていれば、色が付いていようか、壁に描いていようか、或は筆も使わず直に手で描いていようとも、水墨画と認める。ニューキャンさんが主催する『現代水墨作家展』はその解釈を以て開催され、より広い見地から水墨画の現状と未来を見据えている。大変結構な事である。  狭い解釈…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

水墨画と“光”の表現     王俊宇瀟

 水墨画は“光”の表現が苦手という見方がある。  中国絵画史の名作を観ていると、確かに、西洋絵画の様な光を強調する作品が皆無に近いと云えよう。その点を反省しているかの様に、現代水墨画家の中、光の表現に精を出し、実験と努力を重ねる方も少なくないだろう。    しかし、水墨画が“光”を強調しないのは“苦手”の一言だけで片付けて良いだろ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

水墨画と写生に関する話     王俊宇瀟

 ”日本一”と自慢するデッサン会がある、千葉県にあるTK素描会である。  会員の皆さんは真面目で気さくな方ばっかりで、実に気持ちの良い集まりである。小生が20年以上もお世話になっている。  昨日、その会の忘年会の席で、若き新鋭のY君の水墨と写生に関する問いが印象に残る。  そういえば、水墨画は、西洋画のような写生はあまりしない…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

書道と文人画の限界     王俊宇瀟

 書道は漢字を以て成り立つ、中国文化の重要な存在と云えよう。  文人画は、職人画家の作品よりも、文化的要素が多く含まれている。  中国文化が書道と文人画の共通の源であり、中国文化抜きに書画を語れない。  今の時代になって見ると、其処が書画の奥深いところであると同時に、その限界も露呈しつつあると考える。書画は文化の一側面では…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

書と画の関係      王俊宇瀟

 昨日、友人の柳田君と福田君三人で盃を交わしながら、いろいろな話で花を咲かせた。  そこで、“琴棋書画”という言葉が出て来た。  昔、教養人として修行しなければならない項目である。文士だけではなく、名門望族なら、女の子もそれらを堪能する者が多く、才女と呼ばれ、良いところへ嫁げる条件の一つにもなる。  皆がよく知っている話である。 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

日本の水墨画と中国の水墨画の相違点   王俊宇瀟

 今まで中国の水墨画を長年やってきました、その奥深さには傾倒するばかり。  ところで、日本絵画に対して関心を持たせたのは琳派でした、その装飾性には感銘を覚え、惚れ惚れ~~。以来、日本美術の神髄が装飾的なデザイン性にありと考える様になった。 最近、伊藤若冲の水墨画を見て、その装飾的特徴が水墨画の分野でもしっかり生きている事に大いに感心…
トラックバック:0
コメント:1

続きを読むread more