テーマ:芸術

『中国山水画の20世紀』展について  王俊宇瀟

 先日、東京国立博物館で開かれている『中国山水画の20世紀』展を拝見して来た、錚々たる巨匠ばかりの作品は、流石に見応えたっぷりだった。  画家が社会の一員として生きる以上、当然世の中の変動や思潮に影響され、或は自らの作品を以て世間の審美習慣を変えようともする。特に社会状況が激動の時代には画家達も刺激されやすく、時の流行りに流され、…
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水墨画作品/構図の均衡と奇抜さ   王俊宇瀟

 自然を観察していると、山水も木々も花も皆素晴らしい均衡をとれている事が判る。  その上、自然は美しい!  その美しく均衡な自然をモデルとする具象水墨画は、題材をそのまま写し取る作品が多いのも、自然があまりにも素晴らしいからと察する。  しかし、いくら自然を巧く写し取っても、創造性が欠けたら、藝術作品としての醍醐味が見出せ…
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水墨画、「墨韻」の魔力   王俊宇瀟

 清らかな水を含んだ筆の穂先に、サッと濃墨をつけ、雪の様な白い画仙紙に筆を降ろす。すると、極黒の濃墨から無に近い淡墨まで豊な階調が現れ、更に画仙紙に吸収されながら生きている様に流れて広がり、所謂「墨韻」が誕生する。画家が独自の経験を基にした墨水の量の調整と運筆のコントロールに加え、水と墨、そして紙による自然な共演による偶然な趣、二度と同…
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水墨画家の愚痴と高尚な孤独   王俊宇瀟

 水墨画家の集まりではよく芸術論や水墨画の現状と未来に議論を交わす事が多い、大変有意義な行いで参考になる事や啓発を受ける事も屡々である。    時々愚痴もこぼされる。  例えばこんな話、画壇主流の有名な展覧会などには水墨画という分野を設けてない、そうすると水墨画作品、更に言うと水墨画家に門が閉ざされる。或は美大に水墨画の学部や専攻…
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水墨画に対する固定観念及びその打破 王俊宇瀟

 私が教えている生徒さん達の支部展や個展などに足を運んでくれた観客からよくこんな言葉を頂いた:「こんな水墨画は初めて」、或は「想像していた水墨画と全然違う」、、、  なるほど、要するに、観に来られる方は「水墨画展」と知って、実際の展示作品を観る前にすでに「水墨画」に対するイメージが出来てしまったという事が判る。水墨画に対する固定観念が…
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「執筆法」に関する話   王俊宇瀟

 「執筆法」は書画を書く時、筆の持ち方のことを言う。  既存のように、「双鉤法」(「五指執筆法」)と「單鉤法」(「三指執筆法」)はその代表格である。  日本では「單鉤法」がかなり一般的であるが、中国では「双鉤法」が圧倒的多いと思われる。  定かではないが、沙孟海先生の研究によると、大昔では中国に於いても「單鉤法」が普及して…
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「双鉤法」の妙所   王俊宇瀟

 書画を親しむには、筆を握らなければならない、当然、筆の持ち方、所謂「執筆法」も重要になる。  昔も今も、様々な「執筆法」がある、最も代表的なのは「單鉤法」と「双鉤法」である。  「單鉤法」は中国では「三指執筆法」と言い、親指と人差し指中指で筆を握る方法。この方法は三本の指の力が三方向から筆管の一カ所に集中し、一つの支点て筆を操…
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文明と文化(その三)     王俊宇瀟

 今は情報社会の時代と言われている。新しい技術や産業など人類に有益な文明がリアルタイムで世界中に伝わり、著作権保護の基で、人種や国境線に関わり無く全ての人や国がその新しい文明を享受する事が可能になり、素晴らしい時代である。裏返して言えば、人種や国の違いが有っても、技術や産業等物質的なものはより合理的になる一方、同一傾向に近づきつつある。…
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文明と文化(その二)     王俊宇瀟     

 東日本大震災及び巨大津波、そして東京電力福島第一原子力発電所放射能漏れという未曾有の大惨事から十日間になろうところ、やっと、このブログも続けられる状況になった。  人類はこの地球に住む以上、地球上自然界の豊かな恵みを受ける一方、常に自然界から発する災害と隣り合わせする現実に直面する。私は自然界と闘う言い方が好きではない、人間は自…
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文明と文化     王俊宇瀟    

 人類は猿から進化し、文明と文化を築いて来た。  文明と文化の概念に関しては色々な見方があるが、ここでは文明を広域的な技術や生産性等物質的なものと定義したい;その一方文化は地域的で思想や芸術等精神的なものと限定する。  両者は時代の流れと共に進化して来たが、進み具合はそれぞれ異なる特徴があるところが興味深い。  文明は基本…
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故郷の新しい体験   王俊宇瀟

 毎年3、4回中国へ里帰りしているが、今回ほど様々な出来事を体験したのも稀である。  都会育ちの小生は秘境に憧れる旅好きである故、今までチベットや新疆、内モンーグルや雲南四川などなど中国国内の名山大河で足跡を残してきた、気に入った黄山は七、八回も登った。そのほとんどは飛行機を使う、最近は高速バスの利便性を気に入って度々利用する。 …
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我々は水墨画を描く訳     王俊宇瀟

 人類は創造活動を行う特別な生き物であり、深い思想と豊かな精神の持ち主である。そのため、人間の創造活動は物質的領域に止まらず、芸術を含める文化的領域まで多岐にわたる。     現代社会では、物質文明の発達と生産性の向上の恩恵で、生きるための物に対する需要は満たし易くなり、人々は更なる質の高い生き様を目指し、心のゆとりと精神的享受を求…
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東西の“詩”“画”関係論     王俊宇瀟

 昔の水墨画作品には、漢詩を書いているものが多く見られる。又、文人画が多い故、その題画詩もほとんど画家身が自ら書き込んものである。水墨画は“詩”(つまり文学)と大変密接な関係にある事は間違いがないであろう。水墨画の開山の祖と言われた唐の王維も、画家であり,文人、詩人である。彼の作品を、宋の蘇東坡がこのように評している:「詩中に画あり、画…
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水墨画と抽象表現の良い関係   王俊宇瀟

 抽象絵画を聞くと、大概の方が先ず西洋の近代絵画のことを連想するであろう。小生もカンディンスキーやクレー、或はザウキー等大好き人間である。  一方、水墨画は東洋の高山流水や花鳥風月を主とする伝統絵画であり、抽象表現とは無縁の存在と思いがちである。  しかし、よくよく考えてみると、水墨画の発想は、そもそも目に見える色彩が対象物の本…
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白黒表現による効果と其の意味合い    王俊宇瀟

 カラフルな現実存在に対し、水墨画の表現は白黒の世界である。この意味から言うと、水墨画は現実とは全く別天地であり、存在に対する創造である。  実は絵画に限らず、白黒表現は映画の場合でもよく使われる手法である。カラーで展開している現在時点のストーリに対し、異次元のシンー、例えば昔の出来事や夢に出て来る場面などでは、しばしば白黒で表す…
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”写真みたい”、“本物みたい”は褒め言葉ですか?   王俊宇瀟

 絵画展の会場で、時々耳にする言葉がある:“写真みたいに綺麗……”と、、、  当然,発言している人は褒めたつもりで言っている事と理解するのが妥当であろう。  ところで、我々は、褒める為物事を比較する場合、大概格上のもの、レベルの高いものを用いる、例えば美しい女性を讃えるには“仙女見たい”と言う。裏返して見れば、いくら美しくでも、…
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