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zoom RSS 写意水墨画、その方法と技法を考える       王俊宇瀟

<<   作成日時 : 2015/04/23 23:24   >>

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 「写意」は他の絵画分野で類を見ない、水墨画ならではと言っていいほど、極めて独特で雅趣溢れる表現方法である。

 そもそも、写意とは作品の題材となる自然界にある対象物を画家独自な心眼によって整理し、まとめ、そして自らのスタイルを持って、如何に簡潔な形で作品を完成させる水墨画の創作手法である。その要は、何といっても、「意」にある、言葉の通り、「意」を表現するのだから「写意」と言う。
 その「意」というのは、よく画家の喜怒哀楽といった精神性、或は宗教文化や哲学といった思想的な部分だと指摘されているが、それはそれで間違いがないと思う。しかし、実際に水墨画制作に携わる者としては、その精神と思想の議論は、やや抽象的で解りにくく感じるのは、小生一人だけであろうか。
 作品制作を重ねて行くと、写意の「意」というのは、むしろ自然界や対象物を認知と解釈の方法と言った方が解りやすい気がしてならない、そして、その解釈の方法を基に、遂に表現方法に進化して画面に現れる。
 つまり、写意は一種の方法である!
 その方法で、個々の画家がそれぞれの解釈によって、様々な技法を生み出し独自のスタイルで水墨画を創作する事が可能になる。


 ところが、作品造りの現場では、屡々写意を単なる技法として捉える傾向がある。
 
 無論、習い初めての初心者や趣味として水墨画を楽しみ場合、前人の優れた技法を習得し、身に付いた技法を応用して絵を描く、或は様々な技法自体を楽しみ事も精神生活を向上する意味では有意義だと思う。
 しかし、画家を目指す者、或は芸術としての水墨画を新たな作品作りを目指す場合、技法としての写意を真似しても、到底創造の域に到達する事が出来ないであろう。同じ写意のジャンルの作品を観ても、徐渭と八大山人が違う、又同じ竹を描くにも、鄭板橋と金冬心が違う、、、と言った具合に,写意の中でも沢山のスタイルと個性が有り、そのスタイルと個性が「技法」と言う目に見える比較的に解り易い形として成り立っている。しかし技法があくまでも前人の技法であり、技法をそっくり真似しても新たに芸術創造に成るとは言い難い。なのに、写意を技法としか見ない傾向は昔も今もあまり変わらず、故に写意の絵が山のようにあるが個性溢れる創造的な傑作が極めて少なく、写意の大家も中々生まれない大きな理由ではないかとか時々考える。

 写意は技法ではなく方法である。
 写意という水墨画の独特な方法の基で自分なりの技法を見つる事が新しい写意水墨画を創作する必要不可欠な条件ではないであろう。
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