テーマ:水墨芸術

ブログ移転のお知らせ  王俊宇瀟

 BIGLOBEさんの御陰様で、ここでブログを開設してから速く5年過ぎた。  この度は、閲覧の便宜性を図りべくと考え、ブログをホームページに統一することを企画している。つきましては、新規のブログ書き込みに関しては、下記サイトからご覧頂くように宜敷くお願いします。  ブログサイト:http://art-sumie.sblo.j…
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東洋文化としての水墨画     王俊宇瀟

 以前、日中水墨画の違いについて、中国くの水墨画、特に文人画には文化的要素が多く、それと対照的日本の水墨画には芸術的、つまり絵画的要素が多い、と主張していたと思う。  その思いは今でも変わらないが、しかし、中国水墨画は文化、日本水墨画は芸術という短絡な解釈ではない事を、言うまでもない。  文化と芸術の異同を考えるには様々な視点や…
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八大山人と張大千     王俊宇瀟

 中国の画家は、それぞれ得意の分野がある。山水画家は殆ど山水しか描かず、花鳥画家は花鳥画に専念する、人物画家も動物画家もそうであるように、基本的にそれぞれ得意な分野の中で活動する。この現象は昔も今も、殆ど変わらない。  無論、洋画も日本画の世界も、画家の得意不得意が有り、それぞれ得意な分野で活躍する事は当たり前であろうが、しかし、…
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呉昌碩と伊藤若冲     王俊宇瀟

 中国の水墨画画家と日本の水墨画画家を比較してみると、面白い発見が有る。  例えば呉昌碩と伊藤若冲、実に好対照になる。  呉昌碩と言えば、先ずは篆刻や漢詩,書道を学び、その間地方役人になった経験も有り、知命になって任伯面に絵を習ったという、まさしく典型的な文人画家としての経歴を持つ。  呉昌碩の絵画作品を観ると、絵画の領域を飛…
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水墨画の伝統継承と様式創造     王俊宇瀟

 水墨画で云う伝統は、大凡二つの要素が考えられる。一つは自然万物に対する感受と悟りを基に生まれた水墨画独特な美的センスと美に対する思考や理想、その美を通じて作者自身或は鑑賞者の精神的昇華を目指し、つまり思想的精神的な伝統である。もう一つは、水墨画を制作上必要不可欠様々な技法手法、或は鑑賞習慣といった、技術的習慣的伝統である。    …
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明清以降中国水墨画が岐路に辿る原因を考える   王俊宇瀟

 明時代以降の中国水墨画は宋元の絵画と明らかな違いを見せる、文人画の流行りが画壇の主役は専業画家から兼業画家の文人達に交代した事を物語る。文人による画壇支配が中国絵画の流れを岐路に向かわせ、水墨画を藝術創造の本筋から逸れさせ、結果的に明清以降の水墨画が下り坂を辿る最大な原因ではないかと考える。  今までも触れたことがある様に、中国…
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写意水墨画、その方法と技法を考える       王俊宇瀟

 「写意」は他の絵画分野で類を見ない、水墨画ならではと言っていいほど、極めて独特で雅趣溢れる表現方法である。  そもそも、写意とは作品の題材となる自然界にある対象物を画家独自な心眼によって整理し、まとめ、そして自らのスタイルを持って、如何に簡潔な形で作品を完成させる水墨画の創作手法である。その要は、何といっても、「意」にある、言葉…
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水墨画で人物を描く    王俊宇瀟

東葛素描会で長年人物デッサンをしている、その人物デッサンを水墨画作品に仕上げ、20年程前からサロン・ド・トンヌなどに出品していたが、そろそろ、新しいスタイルの人物を実験してみようと思いながら、中々実現出来ず、今年の素描会の展覧会も、例年のように、半紙のデッサンで出品した。 2月28日~3月4日、東葛素描会の展覧会が本八幡で開催中。…
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宋元時代が水墨画の最高峰と言われる理由を考える   王俊宇瀟

 『宋画全集』と『元画全集』の刊行に続き、これから明清と唐以前の中国絵画も一堂に集められ、最新の技術を駆使して高品質な全集が刊行されると聞き、誠に有意義な仕事と賞賛を送りたい。『宋画』だけでも邦貨にして百三十万以上もする(豪華版は二百万超)高価なシロモノであるため、個人的には中々手が出ないが、何処かの図書館でも観れればと、想像するだけで…
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水墨画の人物デッサン    王俊宇瀟

 毎年恒例の俊恵会書画展で忙しくしている上、先月急遽中国貴州省へ取材と水墨画交流行事に参加したなど、バタバタしているうち、一ヶ月ぶりに人物デッサンに行って来た。  ところで、このごろは着衣にますます面白く感じ、力を入れ、注意深く描く事にした。    衣服がある部分は、体の線とは質の違う線で表現出来るため、画面に変化やアクセント…
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水墨画 で人物デッサン   王俊宇瀟

 人物デッサン、25年続けている。    デッサン会の仲間達との展覧会2014.07.17~22、千葉の「画廊ジュライ」で開く。    今年は線の強弱や動きが激しいものと、紙を斜めにして描いたを出してみた。  紙が斜めの画、飾り方法等、色々遊べそうで楽しみ~~  
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古代蓮に感じる侘び寂び、水墨画の心眼                    王俊宇瀟

 千葉公園の古代蓮が、他の蓮よりいち早くその咲き姿を披露してくれた。先週、二年ぶりに蓮達に訪ねた。  蓮は沢山の品種が有るようだが、私の知る限り、千葉の古代蓮(大賀ハス)が関東周辺では一番早く咲き誇る。この蓮は2000年ほど前と推測された種から目覚めたモノで、もしかして、昔の人間が早起き早寝同様に、華も古代と現代の生物的リズムや周…
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書画印の話し「10年画、20年書、一生の印」…   王俊宇瀟

 以前,友人の篆刻家陳茗屋先生(西泠印社社員)から聞いた話がによると、昔から、『画は十年、書は二十年、篆刻は一生、、、』という言い伝えがある。    誠に興味深い話しである。  普通に考えれば、漢字が出来る人なら、とにかく少しきれいな字を書く程度なら、そんなに苦労を要するものではないし、そもそも文字の形を覚えていれば…
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水墨画のご縁__華山で出会った張大千先生の題字  王俊宇瀟

 中国には“五岳”と云われる五つの名山が有り、それらは:東岳泰山、北岳恒山、中岳嵩山、南岳衡山、そして西岳は“華山”である。今月初め頃、その華山を登って来た。  西安から東約120キロ辺りに位置する華山は、五岳の中では最も奇抜且つ険しい事で有名である。石段の傾斜は時に90度近くあり、崖壁に設置されている鎖を掴まえながら,足を滑らぬ…
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文人画的な作品評価基準を考える     王俊宇瀟

 中国美術史に於いては、宋元以降水墨画の隆盛を機に文人画が遂に画壇の主流へと独走して行く。逆から考えれば文人画が主流に成りつつあるから水墨画が大きく発達したと言う事も出来る。いずれにしても、私の知る限り、美術史の主役が美術を専門とする芸術家から一般意味の文化人に代わる現象は世界的で見ても稀である。  文人画は、線の見方だの筆墨の使…
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「お寿司」と「水墨画」番外編      王俊宇瀟

 前回からの続きという関係で、「お寿司」をタイトルとしたが、実際、先日の対決番組で、握りと巻物の他、「お造り」という項目が有った、つまり生魚切り身の盛り合わせである。  ここでも、洋の巨匠はオリーブオイルや様々な調味料香辛料を駆使して新しいスタイルの「お造り」に挑戦した。それを見ると、以前白身魚の刺身を甜麺醤につけて食す経験があり…
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筆と墨によく人物デッサン   王俊宇瀟

 毎月数回の裸婦デッサンには、6分間の着衣ポーズがある。    衣服に隠された見えない体のラインやひねりを直に描けない訳ですから、はっきり見えて素直に描けば良い裸より難しく感じる。    しかし、衣服を引いたり蹴ったりする動きを、運筆の速度と強弱抑揚、或は墨の掠れ、或は水墨画得意な余白(切れるような線)で表現を試した。  …
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2012王俊宇瀟水墨藝術温州展無事終了

 皆様のおかげさまで、温州の個展が無事終了した。  複数の作品が温州博物館、温州書画院に収蔵された。     また、この度、温州医学院の客員教授に就任する事となった。   ●個展に関する中国メディアの報道は『王俊宇瀟水墨藝術の世界』サイトにアップした。
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『水墨画』私見     王俊宇瀟

 絵画としての水墨画は、当然ながら絵画一般に共通する要素を講じなければならない事が言うまでもない、しかし、「水墨画」と称する以上、水墨画ならではの特徴と精神を深く探求しなければ、ただの「絵画」になり兼ねないと常々危惧している。故、墨と紙や布等の共演による滲み掠れの可能性と味わいを研究しその可能性を最大限に引き出しそして生かす事も、或長年…
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セザンヌと「水墨画」   王俊宇瀟

 昨日放送のNHK「日曜美術館」番組でセザンヌが紹介された。バタバタしながらとびとび見ていると、気になる処が二、三有った。  一つは「林檎」の作品、その作品は七つの視点(角度)から対象物の林檎と林檎を入れる籠そして背景としての壷など観察し、一つの画面を構成した、と言う。  もう一つは人物の作品で所々キャンバスの地色を見せている(地を…
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文化現象としての「水墨画」及び芸術創造としての「水墨画」   王俊宇瀟

 中国の水墨画は、宋元以降明清に至って、文人画的な傾向が益々鮮明になったというのは一般的に共通認識と言えよう。とは言っても、文人画そのものに対する定義は意外と曖昧で大雑把である。  無論、文人画作品の作家が文人でなければならない事は言うまでもない。しかし、文人或は教養ある文化人が描いた作品は全て文人画と定義するのは些か短絡と言わざ…
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黄山光明頂の日の出   王俊宇瀟

 今までの黄山登頂は毎回、雲谷寺から白鵞嶺へ、そして黄山の最も景観の佳いと言われる始信峰など後山周辺を見学した後、この地で一泊し、翌朝は日の出観賞名所の清涼台で日の出を迎えることは定番でした。その後西海と天海を經由して玉屏楼で宿泊、天気がよければ蓮華峰の中腹でも日の出を見た事がある。      今回は今までと違うルートを試してみた、…
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雪の黄山を体験   王俊宇瀟

 朝、慈光閣からロープウェイーで山上へ,玉屏駅に降り立った。  細かな雪粒がパラパラと落ちる中、周囲を見渡すと、数日前の残雪で飾った黄山の岸壁が目に飛び込んで来る。薄茶色の岸壁に生えていた松に凍り付くように残雪が曇った空の下で微かに光る、まるで漸江の『凍雪図』のように、寒々とした寂しげを見せながらも凛とした孤高な精神性が伝わってくる。…
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冬の黄山へ、新発見の道のり   王俊宇瀟

 冬の黄山に憧れ、数年前に一度、陽暦の大晦日まで山上に滞在し、奇景の霧氷こそ出会えたが、雪を見れなかった事はずっと心残りだった。今シーズンの黄山には既に数度の雪に見舞われたと聞いて、念願の黄山雪景を期待し、八度目の黄山登頂を挑む事にした。    昨夜の天気予報では明後日から黄山山頂は雨雪の悪天気になると報じていた為、予定より半日以上…
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温州の書画文化   王俊宇瀟

 昨日から、小生と縁の深い浙江省にある温州市に来ている。  温州は小生生涯初めて個展を開いた地であり、ご当地の多くの書画家先生方々に大変なお世話になった事は今でも目の前にあるように鮮明に覚えている。そして温州近隣の雁蕩山は町生まれ町育ちの小生が初めて「本物の」山を体験し、強烈な印象と深い感動を与えてくれた場所である。そういう意味で、小…
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旧正月の花火   王俊宇瀟

 今年は二十数年ぶり上海で旧正月を過ごし、龍年を迎えた。    今日は旧正月の四日、伝えによると、お金の神様「財神」がやってくる日である。この「財神」を迎え入れる為の花火や爆竹が夜中の8、9時頃からあちらこちらで聞こえてくる、10、11時になると更に盛り上がりを見せ、12時に近づくにつれ遂にピークに達し、四方八方から激しい爆音の響き…
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水墨画小鳥の奇縁   王俊宇瀟

 この冬、庭近辺に大勢な小鳥やって来てくれた、常連の「ムクドリ」以外、活発な「メジロ」も新芽の間に飛び交いながら待春の歌を聴かせてくれた。  以前あまり目にしない「ツグミ」も連日、隣家の柿の老木に留り、孤独な姿が冬日の寂しい気配には妙に馴染んでいる。たまたまかもしれないが、先日水墨画の稽古で「ツグミ」の絵を練習したぱっかりの事情を思い…
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